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![]() □ お問い合わせ 知内町郷土資料館(01392-5-5066) #
by dounan-museum
| 2026-02-05 14:20
| 知内町郷土資料館
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明治の訪れを見ることなく、この世を去った坂本龍馬。そんな彼は、明治の世で人々の心の中に復活し、昭和の戦後で再び、人々の心を惹きつける存在となる。そこにはことごとく、彼の魅力を描いた大衆文化作品が大きく影響している。 明治16年、坂崎紫蘭によって書かれた龍馬の一代記『汗血千里駒』。この小説によって、後世に伝わるヒーロー像が造り上げられた龍馬は、明治37年の日露開戦前夜、昭憲皇后の夢枕に立ったことで、国民の士気を鼓舞することにもなった。 ![]() 時を経て、戦後日本にその名を広く世に知らしめたのは、戦後昭和38年から産經新聞夕刊に連載された小説『竜馬がゆく』なのは、間違いない。一介の土佐脱藩浪士が、維新の立役者にまで上り詰めるストーリー、司馬遼太郎が描くその魅力的な竜馬像と相まって、龍馬に魅かれる人々が急増した。小説は、竜馬が暗殺される場面で終わるが、「若者はその歴史の扉をその手で押し、そして未来へ押し開けた。」という完結文もまた、龍馬のヒーロー像を後押ししている。 「血の気の熱いころにこの風景(富士山)をみて感じぬ人間は、どれほど才があっても、ろくなやつにはなるまい」と寝待ノ藤兵衛に発した竜馬は、「~一瞬でもこの絶景をみてこころの内がわくわくする人間と、そうでない人間とはちがう」とも言う。「日本一の男になりたいと思った」竜馬は前者だが、少なからず自分にもそんな経験があった、と共感した人々は、ますます坂本龍馬という人間に惚れ込んでいった。 ![]() 昭和も終わりに近づいた61年、今度は漫画『お~い!竜馬』が注目を集める。大ファンを自認する武田鉄矢原作のこの漫画には、『竜馬がゆく』にはない幼少時代も描かれている。弱虫でいじめられっ子だった竜馬が、剣術との出会いで目覚めるきっかけを掴み、その後もひとつひとつの新たな出会いから、自分が歩むべき道を見つけ、大きく成長していく物語。いつもは飄々としている竜馬の内に秘める熱い想い、それが読者にビンビン伝わってくる場面が、数多く散りばめられている。 「長州がなんじゃー‼薩摩がどうしたーっ‼まだそんなちっぽけな、藩の体面や意地にこだわっちょるがかー―っ・・・。この同盟は、長州のためでも薩摩のためでもない‼日本のためじゃ‼」薩長同盟締結を前に、決心の鈍る桂さんへ発した竜馬の言葉。ほとばしる熱い想いが伝わってきて、ますます人々は坂本龍馬に惹きつけられていった。 ![]() 平成に入ると、福山雅治が主演を務めた大河ドラマ『龍馬伝』が世間を騒がす(平成22年)。福山竜馬の格好良さも相まって、坂本龍馬への世の中の注目度が俄然、高くなった。当記念館は平成21年11月15日の開館、実際『龍馬伝』で坂本龍馬を知って来館くださった方も多い。また、このドラマはアジアでも放映されていて、『龍馬伝』を観て来館された海外(特に台湾)の方も多く、海外での龍馬への注目度も増していった。 令和4年には『幕末相棒伝』が放映される。これは小説『相棒』が原作、坂本龍馬と土方歳三がタッグを組んで、将軍暗殺未遂事件を追うという内容、龍馬の新たな一面が引き出された作品といえる。このような経緯を経て、戦後80年を迎えた現在も坂本龍馬は、「好きな歴史上の人物ランキング」で常に上位に顔を出す存在となっている。今後、戦後100年、200年を迎えても、龍馬の魅力は様々に形を変えながらも、語り継がれていくことだろう。
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by dounan-museum
| 2026-01-24 15:17
| 北海道坂本竜馬記念館
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上ノ国町教育委員会 塚田です。 上ノ国では、第2次世界大戦後の昭和23~27年に米軍進駐軍が大崎地区に駐留し、上ノ国中央尋常小学校洲根子分教場などを一時閉鎖して使用しました。しかしながら、当時の様子を記録した資料があまり発見されておらず、米軍進駐軍が地域でどのような活動をしていたのかはよくわかっておりませんでした。 写真には、沢村才蔵村長(前列右から4番目)が写っていることから、村長第1期目の在職中(昭和23~26年)頃と推測されます。このほかにも米兵と地域の人たちが写った写真が残されており、デジタルアーカイブ「かみのくにまるっこまんま!!デジタルミュージアム」で紹介しております。 資料の詳細は、今後の調査で進めていく予定ですが、順次集められた資料についてはデジタルアーカイブで紹介していく予定ですので、是非ご覧いただきたいと思います。
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by dounan-museum
| 2026-01-20 00:13
| コラムリレー
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市立函館博物館 髙栁です。 皆さんは函館市文学館の中に,函館出身の彫刻家であり挿絵画家の梁川剛一(やながわ ごういち,1902~1986年)に関するコーナーがあることをご存じでしょうか。剛一の作品や足跡をたどる遺品などが展示され,挿絵については毎年入替えが行われています。戦後80年にあたる2025年の展示替えでは,その一部に「『講談社の絵本』に見る戦争の時代」と題し,戦中に出版された『講談社の絵本』を展示しました。 ![]() 『講談社の絵本』とは1936年(昭和11)~1942年(昭和17)に刊行されたシリーズ絵本です。人気挿絵画家が丹念に描いた極彩色のイラストに,週刊誌大で豊富なページ数と,他の絵本と比べると画期的な内容で子どもたちを魅了しました。当時,すでに売れっ子となっていた剛一も,その紙面に多くの挿絵を寄せています。そんな『講談社の絵本』も,1937年(昭和12)の日中戦争開戦とともに,他の児童書同様,時局を反映した軍国主義的な内容へと傾いていきました。 ![]() この度の展示では直接的な戦闘シーンよりも,その時代ならではの雰囲気やキーワードを読み取れる作品を中心に選びました。例えば『講談社の絵本 第4巻第14号 南洋メグリ』に掲載された「ナンヤウノタウヱ」については,掲載号が出版された昭和16年は,日本軍が石油等の資源を求めて東南アジア侵出を開始した年であり,本の序文にも「南洋はたからのしま」と題し,南洋が資源豊富で日本にとって大事な場所であり,未開の部分も多いこの場所を日本がリーダーとなって開発することの重要性が述べられています。一見,異国の田植えの様子を紹介するだけに見えますが,その実,当時の日本の南洋進出という国策が大いに反映されていたのです。 子どもといえども,将来の日本を担う存在として,戦争とは無関係ではいられなかったことが伺えます。当時の子どもたちが読んでいたものを見る機会は,非常に貴重だと思いますので,ぜひ,ご覧いただき,戦争の時代に思いを馳せるきっかけになれば幸いです。 #
by dounan-museum
| 2026-01-15 16:57
| コラムリレー
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つつがなく年が明け、少しホッとしております。 今年も当館へのご支援をお願いたします。 さて、師走のバタバタにかこつけ、 お知らせをしておりませんでしたが、 現在、当館では、特別展「聖山ーseizanー」を開催しております。 ![]() ![]() ![]() ![]() #
by dounan-museum
| 2026-01-15 10:26
| 七飯町歴史館
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