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知内町郷土資料館の竹田です。 アドベントカレンダー18日目、この辺で変化球を投げてみます。 毎年夏になると五稜郭で「市民創作函館野外劇」が行われています。 五稜郭の石垣や堀を利用して舞台を組み、函館の歴史を75分に凝縮して音と光でみせる、そんな公演です。 特別史跡占拠して芝居なんぞ、と思う人もいるかもしれませんが、逆に考えればそんな贅沢な舞台はここにしかないとも言えます。 そして市民創作の名前通り、出演者からスタッフまで多くが市民ボランティア。かくいう自分もかれこれ10年近くスタッフをしています。 そんなわけで今回は函館野外劇を中から見てる人がつらつらと書く話です。 歴史の話はあまり出てきません。 野外劇が始まったのは1988年。津軽海峡線の開通と同じ年です。 その頃は五稜郭商店街の活性化のために何かできないか探っていた時期でした。 そこで後に野外劇の会理事長となるフィリップ・グロード神父は、 「函館でも五稜郭のすばらしいロケーションを活かし、函館地方のダイナミックな歴史をテーマに野外劇を始めてはどうか。私の故郷では、古い古城と前庭の池をつかってバンディの歴史を主題にした野外劇をスタートさせ、地域おこしに大いに貢献している。直接活性化策に結びつかなかったとしても、五稜郭地区のイメージアップには役に立つはずだ」(野外劇の足跡 http://www.yagaigeki.com/ashiato/index.html より) と提唱。国の史跡ということで各方面と調整を重ね、実際に劇を作る市民の側も「商店街の人たちも協力を惜しまなかったんだ」(立ち上げから携わった人の話)ということでスタートしたのです。 そうして25年。報道などで取り上げてくれる機会も増え、毎年観客が何千人、というのが新聞に載ります。 ですが、むしろその公演を作るのに毎回何百人という数の人が動いているという事のほうが重要なのだと、そう思います。 例えば、オープニングから五稜郭築城、フィナーレまでいろいろな場面で活躍するコロポックルの子どもたち。 学校に入るか入らないかくらいの子から高学年まで、何年も代替わりしながら参加してくれます。 きっと舞台を作っているという意識はないでしょう。ですが、それは子ども自身にとっても得難い経験でもあります。 たくさんの人たちがいる中で練習や準備して、舞台に出てダンスを踊って拍手をもらう。たった2か月の間ですが、公演が終わる頃にはちょっぴり成長した姿が見られます。 子どもだけでなく、フィナーレで舞台に出て客席一緒にペンライトを振る時、ほとんどの参加者が「出てよかったな」と思ってもらえるのではないでしょうか。客席→舞台のペンライトもきれいなのですが、舞台から見た客席のペンライトも壮観です(下の写真は少し暗いですが舞台の方です)。 (ついでに昔は手持ちの花火やってたんですけど少し前から「ダメ」って言われてできないのが残念です) そして、役者だけでは舞台は作れないのです。 舞台は常設ではなく、6月頃から舞台を作り始め、道具を運ばなければなりません。 公演が始まれば市内の企業や学校、さらには飛び入りの観光客まで大勢の人が出演します。「今日初めて参加します」という人が多いくらいです。 そんな中、何百人もの参加者の衣装の用意や着付けにあたる人、出演者の出番を指示したりする人、救護班もお客さんの案内などなど。。。みな市民ボランティアです。 全員で作る一つの舞台。 それは演劇というよりも、祭。 五稜郭を使っての夏祭です。 さて、いろいろ書いてきたんですが、結局言いたいのはですね、 …(半ば)冗談はさておき。 観光の材料として外向きに取り上げられていますが、むしろ市民からの認知度が低いといわれています。 市民創作の名の通り、そこに住む人たちがいないとどうにもならなくなってしまう野外劇です。ある意味で街の活気のバロメータとも言えます。 幕末から受け継がれてきた星の城を歴史の中にだけとどめるのではなく、今、どうやって活用するか。縁日にちょっと寄ってみるつもりでふらりと参加してみませんか。 まず見てみてください。そして出てみてください。さらにできればスタッフとして…祭って作る側も楽しくないと続かないですし。 さて。この記事についてですが、実は昨年アドベントカレンダーの打合せ中に「ユルいのもあった方がいいかも。いっそ野外劇についてでも書きますかね。」なんて軽いノリで言っていたのですが、自分の町の話とは関係が全くないわけで「さすがにまずいかな」と思っていたのです。そんな折、グロード神父が亡くなりました(昨年12月25日のことです)。もう書くしかありません。 直接話をしたことはないのですが、公演初日のあいさつや打ち上げでユーモアを交えて話をしていたのを思い出します。最近は公演や打ち上げになかなか顔を見せていませんでしたが、「野外劇、たいしたもんだ」がもう聞けないのが残念です。 長い事スタッフをやっているとエピソードも増えてきます。 おまけということでいくつか紹介して終わりたいと思います。 オープニングでコロポックルが■■(実際に見てのお楽しみ)から出て来るんですが、ブレーキが効かずピンスポットが当たった時にはもういない。彼女には流星の二つ名がついたとかつかないとか 箱館戦争の殺陣シーンで官軍の司令官役の人が堀に落ちる。ザブン。 見た人には迫真の演技と思われたでしょうが、演技抜きで落っこちてます。 赤熊(しゃぐま:赤い毛ふさふさのかぶり物)が外れて終演までプカプカと浮いてました。 ※時代劇ではよく見るのは「赤」熊ですが、白熊や黒熊もあります。 ちなみに「堀に落ちる」というのは野外劇の風物詩らしく、「今年は誰が落ちるのかなー」という会話がされるのですがいろいろな意味で割とシャレでは済みません。 市内の高校の学校祭の日は公演中に花火がドーン。 箱館戦争のシーンでもドーン。土方討死にシーンでもドーン。ブリューネ出発する時もドーン。 …いや、仕方ないんですけどね。 自分がいる舞台袖では馬が待機するんですが、何せ動物ですから葉っぱも食べるしフンもする。 馬のフンを踏むと足が速くなるってこっちでも言われる話なんですね。 (実際にはすぐ取り除いているので「落ちる」のは目にしますが「落ちてる」のは目にしません) 五稜郭築城シーンで出てくる修羅(大石・大木などを運搬するそり)は下に車輪がついているので実は引っ張るのは簡単。 そんなわけで毎回出演者に「みなさん、軽く感じるかもしれませんがこれは重いものです。重そうにしてください」 港まつりの場面。暗転中から浴衣姿の子どもたちが出よう出ようとじりじり前に来る。客席から見えてしまうんでまだダメと止めるんだけど実はこれが楽しい。 「こっから出たらダメ」(両手広げて止める) 「えー。」(じりじり)「まだー?」 なんてやりとりをしながら音楽がかかるとヨーイドン。「転ぶなよー」 幕を引いたり出演者の誘導をする関係上、目立たないように黒のつなぎやスタッフTシャツを着ています(以前は黒子の衣装だったりもしました)。 本番前、村から道具を運んでいる時、その姿を見た5歳くらいの子どもが隣にいる母親に一言。 「ママー、あの人何役ー?悪役ー?」 … Σ( ̄△ ̄;)!!! (…たしかに火をつけたり爆竹鳴らしたり発煙筒投げたりするけどさ、、、テロリストじゃないよ?) 微妙なオチでしたがお付き合いいただきましてありがとうございました。
by dounan-museum
| 2013-02-28 02:28
| テーマ「幕末維新・箱館戦争」
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