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五稜郭タワーの木村です。 今年は「五稜郭築造150年」ということで、五稜郭の周辺と市内各所で様々なイベントが催されましたが、 五稜郭タワーも、五稜郭築城100年目の昭和39年(1964)に創業したことから、本年は50周年を迎えました。そこで弊社では、記念事業の一つとして、展望台に昇るエレベーター前のホールの床下に、150年前の「箱館」を縮尺1,500分の1の模型で再現致しました。 エレベーターホール床下の地形模型 実はこの場所には、函館市街地の陸繋砂州の地形を1,120個の立方体の集合で表現した「オブジェ」が設置されていました。この「オブジェ」の設置意図は、箱館山と砂州に囲まれた、波の穏やかな入り江に恵まれた地形があったからこそ、人々が住みつき集落が形成され、幕末期には「日米和親条約」により開港場となったということを紹介することにありました。つまり、五稜郭の存在も含めて、その土地の歴史や文化・現在の姿は、地形や気候などの自然環境により形作られるということを表現したかったのです。 しかしながら、抽象的な「オブジェ」であることと、エレベーターに乗込むホールの床下という場所のためか、利用者からは余り気にも留められず、立ち止まって目を向けるお客様は殆どいません。そんなわけで、たまにお客様への解説の出番が回ってくると、傍迷惑を承知で「オブジェ」を説明していました。 そこで、この「オブジェ」をリアルな地形模型にリニューアル、時代設定として、五稜郭の築造工事がほぼ終了し、郭内の御役所(奉行所)が業務を開始した150年前の「箱館」の姿を再現することとなりました。 「箱館亀田一円切絵図」や「官許箱館全図」等を参考とし、陣屋や台場、五稜郭と周辺などは個々に関る史料に基き、ご専門の先生方のご助言と展示業者さんの卓越した技術力により完成することができました。 「地形模型全景」 縮尺 1/1500 この模型では、現在の函館との大きな違いとして、 1,樹木が伐採され、山肌の露出した「箱館山」 1,津軽海峡に面した海岸から内陸に広がる砂地と砂山 1,堀川乗経(1824~1878)が開削した水路「願乗寺川」 1,「弁天岬台場」「山背泊台場」などの砲台や「津軽藩陣屋」「南部藩陣屋」などの東北諸藩の出兵拠点 1,箱館湾岸で進む埋立地の造成と、北東部に拡大する市街地 1,箱館湾に注ぐ「亀田川」の蛇行した流路 などが表現されています。 特に模型全景を眺めていると、五稜郭を含めた「御役所構え」がいかに巨大な敷地であったかということが実感できます。蝦夷地経営と海防・外交の拠点として、幕府が並々ならぬ覚悟で建造した、国家的巨大プロジェクトであったことが偲ばれます。加えて、市街地に程近い港の突端では「弁天岬台場」の建造工事が同時進行していたことも考えると、幕府が、開港場である「箱館」をいかに重視していたかがわかります。五稜郭については、完成して僅か4年後には大政奉還により明治政府へ引継がれてしまい、幕府の役所としての短命さを思えば究極の「ハコもの」とも言えますが、今こうして函館の重要な観光資源となっている点では、苦しい幕府財政の中、しかも内憂外患山積の状況にあって、よくぞ造ってくれたものと思います。 五稜郭と役宅地「御役所構」 「官許箱館全図 第弐図」風に撮影 そして、この模型で、なるほどと思うのは、役所・役宅の移転場所の選定条件、当時の「箱館」と五稜郭の位置関係です。外国領事館のある市街地や外国船の入港する港から遠過ぎず、同時に、庶民や外国人から幕府の権威・御威光を保てる、ある程度の距離が有り、亀田川の水利の便、広大な土地という条件が明らかとなっています。港に面した市街地の密集した様子から、「子弟の教育にも差し障る」という役人達の生活環境に対する不満(模型では「山ノ上遊廓」も再現しました!)も、さもありなんと納得してしまいます。そして、「商業・貿易ゾーン」としての箱館湾岸地区と、「行政ゾーン」としての五稜郭・亀田地区に分けた、箱館奉行による遠大な都市計画の構想があったのではないか・・・などと妄想も浮かんできます。 箱館山麓の市街地 いずれにしてもこの模型、資料に基いて製作しましたが、150年前の姿・地形の再現ということで、私の想像で「エイッ!」とやってしまった部分もあり、研究者からのツッコミどころも満載かと思いますが、料金を戴く場所 ではない、一階のエレベーターホールの床下にありますので、御覧頂ければ幸いです。
by dounan-museum
| 2014-12-26 08:30
| コラムリレー
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