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函館市北方民族資料館の長谷部一弘です。 昭和20年代の東北地方以北における博物館の先駆けといえば、市立函館博物館であることは周知のとおりです。 昭和30年に市立函館博物館五稜郭分館、昭和41年には市立函館博物館本館が開館し、道南地方はもとより北海道の博物館を牽引してきたのも市立函館博物館だったわけです。とりわけ、昭和41年の市立函館博物館本館開館にあたっては、東北以北随一の近代的設備と機能をそなえた博物館として広く知られていたようです。 博物館の設備等のハード面での近代化の先駆けとともに、地域における博物館活動の先駆けとして注目されたことは、市立函館博物館となった昭和23年から始まる「市立函館博物館特別展」の開催に象徴されます。この輝かしい特別展の歴史を振り返れば、考古、歴史、民俗、民族、美術など多岐にわたる分野を網羅した展覧会の内容となっていますが、そのなかでも美術分野をテーマとした特別展がことのほか目に留まります。 ![]() 昭和26年の「世界名画複製展」、「明治・大正・昭和日本画巨匠名作展」、昭和27年の「支那朝鮮古陶磁器展」、「国宝重要美術品日本美術刀剣展」、「明治・大正昭和函館遊寓日本画大家展」、昭和31年の「日本国宝美術刀剣展」、昭和32年の「日本名槍展」、昭和33年の「日本美術刀剣展」、昭和34年の「日本洋画名作展」、昭和35年の「桃山時代美術展」、昭和37年の「中国陶磁展」、昭和38年の「室町時代の絵画展」、昭和39年の「江戸時代前期絵画名作展」、昭和40年の「江戸時代後期絵画名作展」、昭和41年の「日本古美術展」、昭和42年の「肉筆浮世絵名作展」等々、実に多彩な内容の展覧会が開催されていました。当時は、五稜郭分館、博物館本館のほかに集客力のある棒ニ森屋、丸井今井百貨店等のデパートが開催会場となっていました。 また、当時美術分野の所蔵資料が少なかった函館博物館にあって、これらの展覧会での出品は各地の個人コレクターや東京国立博物館、長尾美術館、五島美術館等々の公、私立の博物館の所蔵品がほとんどでした。当然、出品資料には国宝や重要文化財も含まれ、展覧会は市内の愛好家をはじめ多くの市民でおおいに賑わったようです。 このような市立函館博物館、道南地方の博物館の黎明期ともいえる古き良き時代にあって、これほど盛大に開催された展覧会の背景を垣間見る時、市立函館博物館の初代館長であった武内収太の存在が大きかったことを伺い知ることができます。 ![]() 終戦後、復員を果たし武内収太は、函館博物館に奉職する傍ら、ライフワークとして函館の美術協会画団の「赤光社」の会員となるなど、中国古代美術、蠣崎波響の研究をはじめ、彫刻やレリーフ工芸製作等を数多く手掛け、自ら培った美術・工芸界での幅広い人脈を活かした博物館活動を行うなど着実に現在の函館博物館の基礎を築いていった人物でもありました。当然、函館博物館における展覧会開催にあたって国宝、重要文化財の作品を有する国の機関をはじめとする博物館施設の快諾は、美術家と博物館人としての武内収太への絶大なる信頼の賜物であったことは言うまでもありません。 武内収太の博物館人としての人となりを振り返るとき、ひとつのエピソードが思い出されます。それは、中国、近代の世界的書家であった張大千との出会いです。大正時代、まだ無名だった張大千は北京で開業していた和田昇一医師から日本留学の経済的援助を受け、終生和田医師を恩人として尊敬していました。第二次世界大戦により2人は音信不通となり、その後お互い消息を探すことになります。昭和31年4月、東京銀座松屋での敦煌石窟壁画展開催で訪日していた張大千は、武内収太らの計らいで11年ぶりに和田医師と再会を果たすことになります。再会もつかの間、翌年和田医師は病気で他界します。昭和32年12月21日、和田医師の法要のために張大千が来函します。止宿先で張大千は武内収太をはじめとする世話になった人々に対しそのお礼として書をしたため贈りました。 ![]() 武内収太に贈られた書、張大千筆「市立函館博物館」は、やがて函館博物館の美術資料に登録され、その筆跡によって昭和41年の開館以来、今日に至るまで博物館本館の正面に横一文字の館名板として掲げられています。このようななんとも摩訶不思議な出会いは、当時のグローバルな美術界の造詣と幅広い人つながりがあった武内収太だからこその成せる業だったのかもしれません。 今回のテーマは「道南の美術を知る」。いよいよスポーツの秋とともに、芸術の秋、到来です。函館山への散策がてら美術鑑賞はいかがですか?山頂の展望台コンクリート壁面には、伊能忠敬の功績を顕彰したレリーフがはめ込まれています。それは、「伊能忠敬北海道最初の測量地、武内収太、昭和32年製作、ブロンズ製、○武サイン。」の作品です。ご鑑賞あれ。
by dounan-museum
| 2015-10-03 09:00
| テーマ「道南の美術を知る」
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