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知内町郷土資料館の竹田です。 戦後70年ということで特別展を開催しているので、その紹介がてら書いていきます。 ![]() 父親が出征するにあたり、出征を祝うため幟を掲げ国旗を持っています。 出征や入営することは名誉なこととされていました。しかし、身内を戦地に送り出すのは複雑な心境だったろうというのは、現在の「積極的平和主義」なるものへの反応と同じように思われます。 「お国のために」の御旗の元に、個人ではあらがえない日本を覆う「空気」があったのでしょう。 戦争というと第2次世界大戦がまず思い浮かびますが、この写真が撮られたのは昭和14年のこと。大戦開戦より前のこういった資料は意外と多く、戦死者の村葬が営まれている写真(昭和13年)や、空襲に備えた防災訓練のチラシ(昭和14年)などが残っています。満州事変から数えて15年間もの間、日本は戦争の最中にいたのです。 ところが戦争が終わって70年、この時間は戦争を体験した世代、その経験を聞いた子の世代を過ぎ、戦争を経験しない、聞いたこともない世代が占めるようになってきました。 以前「日本とアメリカが戦争をしていたことを知らない若い世代がいる」とニュースになったことがありました。一度も戦争をすることなくきた70年は、裏を返せば戦争の悲惨さを学ぶ機会が少ないことにもつながります。戦争とは一体どのような状況で始まったのか、そしてその結果人々の生活がどうなったのかを学ぶことは、戦争を知らない世代がこれからどう平和な暮らしを守っていくかを考える上で必要なことではないでしょうか。 ところで、青い目の人形をご存知でしょうか。 日米友好のため、全国に約1万2千体の人形がアメリカから贈られたもので、青い目の人形と呼ばれています。そのうちの一体が町内の中ノ川小学校(現在は閉校)に贈られました。 ![]() 昭和2年、つまり戦前のことです。前年には治安維持法が成立し、自由に意見を述べることができにくい重苦しい空気が覆っていく中、そして日本が中国進出を狙って他の国と政治的緊張が高まる中、友好関係を取り戻そうとした人たちもいたことを示しています。日本からは答礼人形をアメリカへ贈っています。 ですが、残念なことに戦争が始まると、多くの人形が敵性人形として焼かれたり竹槍訓練の標的になったりしました。現在残っている人形の多くは、校長が隠していたなどして残ったものです。一方知内で人形が残ったのは、住民の集まりの中で人形の処分の話になった時、「そんなことをして戦争に勝っていったい何になる」と言ったところ皆納得した、という話が伝わっています。 さて、冒頭の写真ですが、この写真に写る幟も展示しています。 ![]() 絹製で上の方の紫と国旗の黒はあらかじめ染められています。既製品として何枚も作られていたのが分かります。そこに墨で名前が書かれています。 で、何本も立っている幟のうち、白とびしている写真から、なぜこの幟だろうというのかと言いますと… この幟、書かれている出征者の名前の漢字が間違ってるそうです… しかも2文字とも(!) 贈った人親しい人じゃないの?失礼じゃないの?と思いつつ、もしかすると字の書ける人に書いてもらったのかもしれない、などといろいろ想像しています。 (こんなオチですいません)
by dounan-museum
| 2015-11-14 23:20
| コラムリレー
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