市立函館博物館の保科です。
平成26年10月からはじまった未来大学との連携事業である情報ブースは平成28年10月から新たな内容となりました。内容については当館ホームページをご覧ください。(http://hakohaku.com)
第一弾は「函館と31人の歴史群像」と題し、五稜郭築造150年と連動した人物紹介パネルとミニリトファスゾイレ(円筒広告塔)と古地図そしてタブレット端末を活用した展示と、資料写真をパラパラ漫画のように見ることが出来るフリップフォトブックを設置しました。(http://dounan.exblog.jp/23670700/)
第二弾は「パノラマで見る明治と今の函館」と題し、明治25年に撮影されたパノラマ写真と現在のパノラマ写真を並べて展示し、探索パネルをおいて建物を探すという内容でした。(http://dounan.exblog.jp/25123433/)
第一弾の担当者は、情報ブースでの取り組みを卒業論文のテーマに取り上げ「未来ブース 博物館展示における共有空間の形成」としてまとめられました。第二弾の担当者は、「思い出コミュニケーションを促進する都市写真の鑑賞法」としてまとめられました。
第三弾の内容は、ハンズオンをキーワードに掛け軸を展示体験するという内容になっています。展示ケースの中に入って、掛け軸を常時展示体験できる博物館施設は全国的に見てもほとんどないのではないでしょうか。掛け軸は複製ですが、展示するだけではなく、本物の桐箱から取り出して、掛けて、鑑賞して、しまうという内容になっています。
掛け軸は5点用意しました。2点はアイヌの首長を描いた「御味方蝦夷之図」で、掛け軸の状態のものです。この2点は未来大学によって高精細撮影されたデータを活用して複製されています。実物はガラス越しでしか見ることはえきませんが、ここでは間近で見ることができます。3点は屏風絵の中から選んだ部分を掛け軸にしました。題材は宝暦年間頃に製作されたとされる、江差の鰊漁や加工、街の賑わいなどを描いた「松前桧山屏風坤 江刺浜鰊漁之図」です。人物の細かな描写を間近で見ることができ、その内容をパネルで説明していますので、掛け軸をじっくり見ながら隣のパネルを見て作業の内容や建物の名称などを知ることができます。
今回担当された情報デザインコース4年の奥村美奈代氏も、情報ブースでの取り組みを卒業論文のテーマに取り上げられました。その要約を前回・前々回同様、当ブログに掲載していただきした。
ハンズ・オン展示と資料陳列型展示の組み合わせによる鑑賞学習効果について
公立はこだて未来大学 情報アーキテクチャ学科
奥村 美奈代
1 序論
日常生活の中でなかなか経験できない職人体験など、鑑賞者にとっては非日常となる体験がある。このような体験をミュージアムでは「ハンズ・オン展示」として提供している。本研究では、非日常体験が可能なハンズ・オン展示と資料がガラスケースの中に並べられた触ることのできない展示(以下「資料陳列型展示」と呼ぶ)を組み合わせたときの、鑑賞学習効果を明らかにすることを目的とする。具体的には、資料陳列型展示を鑑賞後、ハンズ・オン体験を行い、再び資料陳列型展示を鑑賞するという方法で鑑賞したときの鑑賞学習効果を検証する。
2 関連研究
本研究では以下の2つの観点から、鑑賞学習効果の現れを観察した。
2.1 模倣と鑑賞
「模倣」とは、他者の行動を観察し、それと等価な行動を自ら実行することである。模倣には、動作をそのまま再現すること、結果を試行錯誤によって再現すること、意図すなわち「目的を達成するための行為プラン」を再現することという3つのレベルがあるといわれ、本研究では「動作をそのまま再現すること」のレベルの模倣が行われる展示を制作する。鑑賞の中で「模倣」を行うことで、作品を別のものに見立てたりする事物の「見立て」が発話されるなど、コミュニケーションの増加につながると考えられる。「模倣」することで「見立て」が行われるような、自分に引き寄せて語れる場を提供することで、鑑賞者たちが自ら鑑賞を楽しむことを期待できる。
2.2 共同注意
共同注意とは、他者が注意を向けている対象に自分の注意を合わせたり、自分が向けている注意の対象に他者の注意を向けさせたりするなど、注意の対象を他者と共有することである。このために、相手の視線や指先などをとらえ、その対象の探索や同定が必要となる。鑑賞のなかで共同注意が行われると、意思疎通が正しく行われることで、鑑賞者間のコミュニケーションの増加につながると考えられる。
3 観察の準備
観察を行うために、市立函館博物館情報ブースに掛け軸のハンズ・オン体験が可能な展示空間を制作した(図1参照)。
図1 制作した展示空間
市立函館博物館において、既存展示として資料陳列型展示を用いて「掛け軸」が展示されており、同博物館に掛け軸のハンズ・オン体験が可能な展示空間を制作することで、提案する鑑賞方法をスムーズに実現できることや、2種類の展示方法の比較が可能である。これにより、掛け軸を題材にした観察を行った。
5点の掛け軸と展示の手順等をインフォメーショングラフィクスを用いて示したパネルや、作品を解説したパネルを制作した。具体的には、鑑賞の流れを示したパネル(図2参照)を2枚、掛け軸の掛け方・しまい方・巻緒の巻き方を掲載したパネル(図3参照)を1枚、作品の解説パネル(図4参照)を3枚、掛け軸の内容を掲載したパネルを1枚、計7枚のパネルを制作した。これらの展示物は観察を行った後、改良を加えながら差し替えを行った。
図2 鑑賞の流れを示したパネル
図3 掛け軸の掛け方・しまい方・巻き方
図4 掛け軸と「御味方蝦夷之図」を解説したパネル
複製した掛け軸は、函館市中央図書館所蔵の蠣崎波響作「御味方蝦夷之図」の「イコトイ」と「ションコ」の2点と、同館所蔵の「松前桧山屏風 坤 江指浜鰊漁之図」の中から3場面を選び、計5点とした。複製した本紙は防炎クロスロールに高精細で撮影された資料写真のデータを印刷し、「表装専門店 耕美堂」より販売されている「アイロン掛け軸キット」の作成方法に従って貼り付けた。
制作した掛け軸をそれぞれ桐箱(長さ51.4cm×巾7.5cm、図5参照)に入れ、本紙に収めた作品名を記載したシール(図6参照)を作成し、種類ごとにそれぞれ貼りつけた。シールのデザインは市立函館博物館が収蔵している掛け軸の桐箱に貼り付けられていた収蔵ラベルと同様のものにした。
図5 掛け軸を収納するための桐箱
図6 作品名を記載したシール
4 観察
公開後の情報ブースを用いて、2度の観察を行った。まず対象者らに第2展示室に入室してもらい、資料陳列型展示としての掛け軸を鑑賞してもらった。各掛け軸の位置は図7に示す。常設展示となっている掛け軸を鑑賞後、情報ブース「未来」の中に入ってもらい、掛け軸のハンズ・オン展示を体験してもらった。体験後再び、第2展示室に移動し、1回目と同様の掛け軸を鑑賞してもらった。
図7 市立函館博物館の館内マップ
5 結果と考察
観察1と観察2の考察より、資料陳列型展示を鑑賞後に、ハンズ・オン展示を行い、再度資料陳列型展示を鑑賞することで、資料を理解する手段が鑑賞者の中で増え、ハンズ・オン展示体験前と後では違った視点で鑑賞できるようになることがわかった。非日常体験が可能なハンズ・オン展示は、細部に目を向けることにより、共同注意が表れ、発話数が増加した。また、具体的な大きさなどがわかることで、見たことのないもののイメージが掴めたりするなどの効果があることがわかった。
ハンズ・オン展示体験中に「見立て」が発話されると、その直後に資料陳列型展示を鑑賞した際にも「見立て」を含んだ発話が見られた。これにより、ハンズ・オン展示体験中に「見立て」が行われると、鑑賞者が作品を理解する一つの手段となり、資料陳列型展示の鑑賞の質の向上につながることがわかった。鑑賞中の発話において「見立て」が含まれていると、鑑賞者間で共有され、発話数の増加につながることがわかった。
6 今後の課題
今回は、市立函館博物館において、資料陳列型展示として「掛け軸」が既存展示されていることから、掛け軸を用いてハンズ・オン展示が可能な空間を制作し、観察を行った。今後は、掛け軸に限らず、土器などの他の展示物や資料で観察を行い、鑑賞学習効果を検証していくことで、展示に関する開発指針として活用可能にしていく必要がある。
参考文献
[1] Tim Caulton:ハンズ・オンとこれからの博物館―インタラクティブ系博物館・科学館に学ぶ理念と経営 東海大学出版会 p3-p5 (2000)
[2] 染川香澄、吹田恭子:ハンズ・オンは楽しい―見て、さわって、遊べるこどもの博物館 工作舎 p24-p26 (1996)
[3] 佐伯胖・渡部信一:「学び」の認知科学事典 大修館書店 p174、p208、p521 (2010)
[4] 淡交社編集局:茶掛の表具を楽しむ 淡交ムック (2002)
[5] NHK出版: 美の壺 表具 NHK「美の壺」制作班 p14 (2007)
[6] 井上研一郎:《夷酋列像》と現代 メナシの世界 根室シンポジウム「北からの日本史」 北海道出版企画センター(1996)
[7] 田島佳也:屏風絵を読むにあたって─「江差桧山屏風」の読み取り体験から─ 神奈川大学学術機関リポジトリ 神奈川大学 (2006)
[8] 神奈川大学21世紀COEプログラム研究推進会議:「神奈川大学21世紀COEプログラム「人類文化研究のための非文字資料の体系化」研究成果報告書 日本近世生活絵引 北海道編 神奈川大学21世紀COEプログラム p81-p110 (2007)