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今から40年ほど前、私が大学を卒業し初めて就職したのは、北海道斜里町教育委員会です。考古学を専攻していた関係から、発掘調査員として臨時職員に採用され、オクシベツ川遺跡の発掘調査報告書の作成に携わりました。翌年3月に報告書が完成すると同時に離職し、網走にある職業安定所に行き失業手続きをした際、「なりたい職業は」と尋ねられ、迷わず「学芸員です」と答えましたら、「そういう職業には、なかなか就けないよ」と言われたのを、今でも覚えています。 当時は、道内各地で発掘調査が盛んに行われていまして、恩師の勧めで函館市に行き、同様の臨時職員となり、同じく上ノ国町・上磯町(現北斗市)・平取町を経て、財団法人北海道埋蔵文化財センターの嘱託職員となり、道南地方の発掘調査に従事していました。その時、日高の三石町(現新ひだか町)で社会教育主事の募集があり、その資格があったので応募し、社会教育主事として採用され、平成元年に地方公務員となりました。 三石町では、社会教育分野のうちの「芸術文化・文化財」を担当し、児童生徒の芸術鑑賞会や、文化協会の事務局、図書館の運営・管理も行い、成人対象の陶芸や文芸のサークルを立ち上げ、その講座も開催しました。同時に町営住宅建設のための「埋蔵文化財発掘調査」も行い、割合としては社会教育8割、発掘調査2割という具合でした。 その後、平成5年に、松前町で「史跡松前氏城跡福山城跡」整備事業のための学芸員として採用され、今日に至っている次第です。これまでに、上ノ国町では中世末の「史跡上之国館跡勝山館跡」の整備を2年間、上磯町では幕末の「史跡松前藩戸切地陣屋跡」の整備を3年間と、松前町を合わせると都合30年間以上、松前氏関連の史跡整備に携わらせていただいたことになります。 松前町では、史跡整備事業や埋蔵文化財発掘調査の他に、整備中の「史跡説明会」や、松前城資料館での「展示解説」、そして史跡の周辺にある文化財を巡る「歴史散歩」事業など、文化財の公開・活用事業を随時行いました。さらに、観光客が集中する春の「さくら祭り」期間に、松前城本丸では、昨年国指定無形民俗文化財となった「松前神楽」や、道・町指定無形民俗文化財などの公開を行い、また、商店街では、空き店舗を借りて埋蔵文化財の特別展も開催し、地元住民はもとより、観光客に対しても、文化財の公開・活用に心がけてきました。 さて昨年4月、地方創生担当相が講演の中で観光振興について問われ、「一番のがんは文化学芸員。観光マインドが全くなく、一掃しなければだめ」と発言しました。すぐに撤回されましたが、これが波紋となり、観光振興に対しての、文化財を扱う学芸員の役割が論じられました。 小さな町では、学芸員とはいえ、何でもやらなくてはなりません。それは他町村も同じだと思いますが、道や市区の、専門性に特化した学芸員の方々でしたら、このような事は難しいかも知れません。しかし、今では特化した博物館・美術館学芸員の方々も、自身による展示解説など、様々なメニューを定期的にこなされ、公開活用について多角的に検討されています。 また近年、インバウンド(訪日外国人旅行)の対応について、施設内部の注意事項はピクトグラムで、展示物のキャプションは日本語・英語の併記で、固有名詞は英語表記で、解説文はシンプルでわかりやすい英語でと、いかにして日本の文化・文化財を、広く世界に知らしめるかが課題となっています。 文化財資料を観光資源として生かすということは、文化財を保護することだけに偏るのでなく、今まで以上に様々な場面で多くの方々に公開し見ていただくことになります。それによって、一定の収入が見込まれるということになりますが、その収益の全てが、公開した文化財のリペアや、他の文化財の保護・保存にだけリターンされるかと言うと、そうではありません。 しかしながら、文化財をより多くの人々に公開することによって、文化財が人々にとって、より身近で魅力的な存在になり、文化財保存の気運を高められることが期待出来ます。さらに、観光資源ともなる「新たな文化財」を見出し、その価値を磨きだして行こうとする意識も、人々に広まるのではないでしょうか。 もちろん、公開することによって、明らかに劣化することが予想される文化財については、公開する環境や手法を、十分に検討する必要があります。 まずは、訪れる人々や外国人に、何を伝えたいか何に感動してほしいのかを明確にするために、私たちが国内外に行った時、何を見て何に感動したいのか、立場を変えて考えてみることが重要です。 最後に、これからの学芸員のあり方についてですが、地方の人口減少とともに職員も減少するので、ますます多様化する要望に対応して行かなければなりません。今後、それらの要望に対する「備え」を常に意識した、「しなやかさ」を持った学芸員が求められることになると、私は思います。
by dounan-museum
| 2019-01-28 00:02
| コラムリレー
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