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今金町教育委員会学芸員の宮本雅通です。 今金町の北の山奥にカニカン岳という山があります。山頂の標高は981m。美利河ダムから北へ延びる道道836号を6kmほど進むと登山口があり、町民登山会が催されていることもあって地元住民にもなじみのある山です。 ![]() カニカン岳登山道8合目から山頂を望む カニカン岳の名はアイヌ語「カニ(金)・カン(取る)・ヌプリ(山)」に由来し、正に金山と呼ばれる山です。登山愛好家の間では、だじゃれでカニ缶を持参し、登頂時に開けて食べるというのがちょっとした習わしになっているとか。 (1)登山道7合目付近で坑道跡を1カ所確認 (2)5~8合目区間で露頭掘り跡と溝状遺構を多数確認 (3)南東麓の茶屋川源流域で複数の鉱山臼が散在 (4)鉱山臼が散在する地点近くで階段状テラスを確認 この中で(2)の鉱山臼については、昭和40年代に地元山岳会や個人により3点が回収されました。現在、美利河地区にある文化財保管・活用庫で保管していますので、身近に見学することができます(下写真)。 ![]() 中でも鉱山臼の発見は重要で、臼を使う前後の作業工程もこの場で行われていたことを表しています。つまり、①露頭掘りや坑道掘りという「金掘(かなほり)」に始まり、②得た鉱石を細かく粉砕する「粉成(こなし)」、③粉状に粉砕された鉱石を水の中で比重選鉱する「汰り分け(ゆりわけ)」、④最後に不純物を除去し、純度の高い金を採り出す「灰吹き」という一連の工程です。写真の鉱山臼は②の段階に当たるわけです。 ![]() ![]() この一連の工程を成し遂げるのに、数十人程度の少人数ではとてもできないことは想像に難くありません。 日本金銀山研究の第一人者で、当金山跡の調査にも携わった故・萩原三雄(はぎはらみつお)氏は、次のように語っています。 「カニカン岳に鉱山臼があったということは、鉱山街があったことの証です。カニカン岳金山の稼働時期は、これらの臼の特徴が本州の甲斐や佐渡の金山で江戸時代初めに使われたものと共通していますので、おおよそその頃に本州から多くの人がやってきて、鉱山が営まれたと考えられます。私がカニカン岳に調査に入った折、ひな壇状のテラスが見えました。そこに鉱山街があったに違いありません。今後の詳細な調査に大いに期待します。」(2014年3月今金町で開催の講演内容より抜粋) 過去の調査はいずれも短期間の不十分なもので、鉱山跡の全容はいまだよくわかっていません。 ![]() 町では今後、鉱山跡全体の範囲を確認するための調査や、先述の各作業工程を示す遺構、年代特定につながる資料の探査を計画的に進める予定です。こうした調査を通じて、地元町民や子どもたちにも町の歴史について関心をもってもらえたらと思っています。
by dounan-museum
| 2021-01-18 10:46
| コラムリレー
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