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八雲町郷土資料館・木彫り熊資料館の大谷です。 今週からコラムリレーを再開します。 各館園の学芸員達がフリーテーマで記事を投稿していきますので、お楽しみに。 私からは、木彫り熊のブームについてお話ししたいと思います。 実はいま、第三次ブームといえそうな盛り上がりになっています。 そもそも木を丸彫りして熊を形作る木彫り熊は、八雲町で大正13(1924)年に作られたのが発祥です。来年の2024年は発祥100周年になります。 木彫り熊といえば江戸時代から北海道に住むアイヌが作ってきたイメージがあるかもしれませんが、作られてきた記録等はありません。しかし、イクパスイという木製のヘラ状の祭具や、サパンペという冠には、熊を意匠として彫りこんだものがあり、木彫り熊を作り始めたころの形はこの意匠に似た形をしていました。また、樺太アイヌにはイノカという木を彫って熊をかたどったものはありますが、イノカから木彫り熊に変わっていった流れはみられません。 八雲で始まってから2年後に旭川市近文のアイヌが彫ったのが、アイヌによる木彫り熊のはじまりとされていて、そのはじまりに八雲の影響があったのかどうかはわかっていません。その後の作り方に八雲の影響はあったものの、アイヌの木彫りの仕方(例えば這い熊を作る時は木をヨコに使う等)を活かして作られ続け、今ではアイヌ文化でもあります。「でも」としたのは、アイヌだけが作るものではなく、北海道に住む和人(アイヌルーツではなく、本州等にルーツを持つ人)も作るからです。明治時代に北海道となってから和人が多く暮らすようになるなかで、大正13年に木彫り熊が作られ始めてから北海道で暮らす人々が取り組んできた、北海道の文化でもあります。 さて、木彫り熊の第一次ブームは、釧路市北部にある阿寒湖と北海道の中央部にある大雪山が昭和9年12月に国立公園に指定されたことや、昭和11年に札幌近郊で開催された陸軍特別大演習で多くの観光客等が北海道にやってきた時期になります。このころは、すでに「北海道観光客が一番喜ぶ土産品は八雲の木彫熊」と雑誌『アサヒグラフ』(1932年)に紹介されるほど有名になっていた八雲の木彫り熊が多く売れていたようですが、アイヌによる木彫り熊も作られており、昭和10年には阿寒湖で砂沢市太郎(砂澤ビッキの父親)が、屈斜路湖では山本タスケがそれぞれ旭川からやってきて販売するようになりました。他の観光地にも木彫り熊の実演をする人が多くいたと思われますが、様相はよくわかっていません。 この第一次ブームは戦争の激化とともに終わります。 木彫り熊の第二次ブームは、戦後の北海道観光ブームと重なります。戦後の高度経済成長期に北海道への観光客が増え、そのお土産として木彫り熊がどんどん売れました。爪等が欠けていても売れたそうです。また、現在はあまり見られなくなりましたが新婚旅行等の際に餞別としてお金をもらう文化があり、その餞別返しとして木彫り熊を買っていったそうです。 このころに「鮭をくわえた木彫り熊」が定番化します。実は戦前は八雲でも旭川でも鮭をくわえた形はあまり彫られておらず、この形がどこの地域で定番化したのかは、いまだにわかっていません。そして一度に6体の木彫り熊が荒彫りできるコッピングマシンが導入されて、大量に作られました。 その一方で、木彫り熊を作り続けて技術を磨き、後に木彫家として評判となる藤戸竹喜らもいました。旭川アイヌの中には夏は観光地、冬は旭川の自宅に戻って木彫り熊を彫るスタイルの人もおり、旭川流の彫り方が道内に広がりました。 八雲では制作する人が少数だったことや、コッピングマシンを導入せず手彫りをしていたことから制作数は多くなく、あまり八雲外には出ていません。新築や結婚等の祝い事に贈られたことが多かったようで、古くから八雲に住んでいる人はたいてい持っているようです。 この第二次ブームもお土産の嗜好の変化で、昭和末期~平成初めには終わります。木彫り熊を彫っていた人の中には、熊は売れないからフクロウ等を彫るのに変えた人もいました。 そして近年、三度木彫り熊がブームになりつつあります。これまでの観光土産品としてブームになったのとは違い、むしろ手仕事やクラフトとして、またアートとして盛り上がっています。SNSで木彫り熊を撮影して投稿する人も増えました。そして木彫り熊に興味を持つ人の情報量が変わりました。昔は木彫り熊といえば「鮭をくわえた黒く塗られたアイヌが作ったもの」というイメージを持つ人が大半でしたが、実は地域差があり、彫る人によっても違い、歴史もそれぞれあることが知られ始めました。このブームには、多くの人が本を出したり展示会をする等して尽力してきた結果であり、そのひとつに八雲町木彫り熊資料館ができて情報発信をしてきたこともあるかな、と思っています。参考までに当館の来館者数の変遷が以下のとおりです。 郷土資料館に木彫り熊展示室ができた平成24年度の翌年から増加し始め、林業研修センターを転用して木彫り熊資料館とした平成26年度の翌年からは5千人を超えるようになりました。コロナ禍で令和2-3年度は下がったものの、近距離旅行が推奨されたためか道内の人を中心に来館いただき、コロナ禍が落ち着いた令和4年度には6千人を超えました。平成10年ぶりのことです。また令和に入ってから海外からの来館者を別で集計していますが、令和5年度はすでに過去最多となっています。 割合でみると町民の割合が減ってますが、道内や道外から来る人が多くなって減ったように見えるだけで、実数は変わっていません。むしろ町としては人口減少しているのに来館者数に変わりないということは、実質的には増加しているのでは、とも思います。 木彫り熊をブームで終わらせるのでなく、じわじわと広げていき、木彫り熊という文化を次の人達に伝えていきたいと思います。 まずは来年の100周年!一年かけていろいろ取り組む予定です。イベントごとが決まり次第、お知らせしていきます。 ちなみに、現在北海道第一号の木彫り熊や、その参考となったスイス製木彫り熊については、貸し出し中で木彫り熊資料館にありません。 令和5年9月16日(土)から11月19日(日)には、愛知県にある一宮市三岸節子記念美術館で展示されます。 詳しくは下記のお知らせをご覧ください。
by dounan-museum
| 2023-09-09 16:27
| コラムリレー
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