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ピリカ旧石器文化館の矢原です。 終戦から80年が経過した太平洋戦争ですが、多くの人やモノが動員され、戦争のために失われてきました。 民間人も兵士として動員され、戦地へ向かう時には武勲と無事を祈り盛大な出征式が行われました。 利別村メップ地区(現在の今金町種川地区)の出征式の様子 この戦争に動員され出征したのは、人だけではありませんでした。 悪路を乗り越え物資を運搬する輓馬や人を乗せて騎兵とするため、日本中の馬が出征馬として徴用されていました。 広い土地と盛んな農業による馬匹需要から国内有数の馬産地であった北海道からも多くの馬が徴発され、戦地に赴き帰ってくることのない任務に就きました。 軍馬となるには通常二歳(幼駒)の頃に軍用馬として軍に買い上げられ、五歳になるまで育成・訓練を経る必要があります。 しかし、1937年の日中戦争開戦後、拡大する戦線に伴い軍馬の補充が必要となったことから、すでに民間で使役されている壮馬(そうば:5歳以上の馬)の買い上げが拡大していきます。 当時利別村と呼ばれた今金町も例外でなく、1938年(昭和13年)には現在の標茶町にあった軍馬補充部川上支部により、総勢60頭の壮馬が買い上げられ中国大陸の天津や上海に送られたことがわかっています。 昭和13年臨時壮馬補充馬輸送牽夫配当表(標茶町図書館所蔵) 利別村で購入した軍馬を中国大陸に送るため広島県宇品に輸送する計画が記されています。 1939年(昭和14年)には種馬統制法により軍馬に適した馬への品種改良も進められ、1940年(昭和15年)には馬を自由に村から移出することも禁じられるなど、人も馬も戦争のために総動員されるようになります。 最終的に何頭の馬が従軍し戦地に送られたのかははっきりとしていませんが、町史によると開戦初期には村内で1600頭ほど飼育されていた馬が終戦時の1945年(昭和20年)には1200頭ほどにまで落ち込んでおり、多くの馬が動員されたことが推測されます。 こうした馬の徴発は、当時鉄道網で結ばれていた農村地帯のあちこちで行われており、農村生活に欠かせない存在である馬を戦地に送る際には、立派な壮行会が行われていました。 利別村今金地区の出征馬壮行会の様子 人間とは違い、軍馬はひとたび戦地へ到着するとその後の行方は全く分からなくなってしまいます。 今金町は馬を祀る馬頭観音・馬頭観世音が11か所に建立されるほど馬とのつながりが非常に深い町ですが、それだけ大切に育てた馬との今生の別れとして、盛大に見送ったのだと思います。 ピリカ旧石器文化館 矢原史希
by dounan-museum
| 2025-08-09 18:02
| コラムリレー
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