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松前町教育委員会事務局の佐藤です。 今年は戦後80年、そして福山城(通称:松前城)が昭和10年(1935)に国指定史跡となって90年の節目。そこでこのたびは戦時下の福山城にまつわるストーリーをご紹介します。 昭和28年11月8日、松前駅を終点とする国鉄松前線が開業しました。昭和62年に運営はJRに引き継がれ、翌63年1月31日に廃線となり、35年の歴史に幕を閉じましたが、この間、船舶に代わって松前地方の輸送の大動脈として生活と観光面に大きな役割を果たしたのです。 しかし松前線開業の陰では、福山城の価値を大きく減衰させる事件が起きていました。 発端は大正2年(1912)、上磯線を福山町(のちの松前町)延伸させることを目的とした期成会が発足し、鉄道大臣などへの陳情活動が行われたことに始まります。 昭和5年には木古内線が開通、昭和11年には知内まで延伸、昭和13年には碁盤坂(福島町千軒)までが開業したことで福山町までの延伸に期待が膨らんでいました。 ところが戦争の長期化による軍事予算の拡大、物資の不足なども影響して、松前方面への延伸工事はストップ、工事の無期延期が発表されたのです。 そこで福島・吉岡・大沢・福山・小島・大島の各町村長は、鉄道省への陳情を開始。戦時体制に呼応した「軍需産業の強化・食糧増産」の二点を強力に主張するようになりました。この陳情は国内での資源開発と増産の必要に迫られた当時の政府を大いに動かす結果となり、松前や上ノ国に豊富に埋蔵されているマンガン鉱の開発を目的として、松前方面への鉄道敷設工事が始まったのです。 昭和16年10月16日、及部川から松前駅までの工事を担当した岩井組により、松前公園西側で鍬入れ式が行われました。そしてこの工区には、昭和10年に国指定史跡となった福山城も含まれていました。 文部省では、国宝指定の福山城天守への振動などの影響を考慮し、史跡内へのトンネル整備することに強く反対。しかし鉄道省側は、経路を迂回させることは非常に難工事となって経費も増大、日数も多くかかるため、国策・国防上から急いで完成させる必要があるとして、軍部の声がかりを背景に史跡内を通過する経路に決定しました。 【史跡名勝天然記念物指定區域現状變更ニ關スル件】(複写) これは鉄道省が発出した史跡の現状変更についての文書です。 「史跡指定地が鉄道省事業による鉄道用地に該当するため、現状変更を承認してほしい」との内容ですが、その日付は昭和17年8月10日付け。 【松前線開通後の史跡】(昭和28年11月~昭和34年7月の撮影か) 昭和16年~17年当時、写真右手の陸橋を起点に深度約4m、延長82mを開削、さらにそこから写真左手にかけて延長168mのトンネル工事が行われました。 こうして、最も重要な本丸を東西に横切るかたちで史跡が破壊されてしまったのです。 【松前線トンネル跡とそれを封鎖する石垣】 現在、史跡松前氏城跡福山城跡の西側、堀廻りと呼ばれるエリアには、松前線トンネル跡が残されています。 戦後の生活と観光に大きな役割を果たした松前線ではありますが、一方では史跡の破壊を招いた戦時体制への迎合に対する戒めと見ることもできるでしょう。
by dounan-museum
| 2025-09-08 00:00
| コラムリレー
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