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乙部町公民館郷土資料室です 乙部町文化財保存センターには、陶磁器製の缶詰代用容器が収蔵されています。しかも開封時に生じるキズなどがなく、未使用のままの模様です。 私は見た時から考え込んでいました。 これは防衛食容器(防10)というブリキ缶詰の代用品で、ブリキは薄い鉄板にスズをメッキしたもののため、金属が不足した代用品として大量に製造されたものです。 ここでちょっと歴史背景をみてみましょう 昭和16年(1941)8月、「金属類回収令」が勅令で出されました。同年ころから金属以外の素材で缶詰のように長期保存な容器を代用する構想が出てきました。さまざまな試行錯誤を経て昭和18年以降に本格的に容器製造がはじまりますが、この頃にはもう、中に入れる食糧そのものが不足しており使われないまま多くが敗戦後の軍事物資放出で市場に出回りました。この流れは、昭和13年(1938)の「国家総動員法」と、昭和15年(1940)から徐々に消費者物資10品目(米・味噌・醤油・塩・マッチ・砂糖・木炭など)を手始めとする配給切符制と密接に関わっています。 お気づきの方もいると思いますが、「国家総動員法」「消費者物資10品目を手始めとする配給切符制」「金属類回収令」このいずれもがアメリカやイギリスなど連合国との「太平洋戦争開戦前に行なわれている」のです。つまり昭和12年(1937)からの日中戦争の時点で日本の国力は疲弊しさまざまな統制が行われていったのです。 そしてそのような物資欠乏の結果代用としてこのような陶器製代用缶詰も開発され、わが町乙部でも終戦の年に機雷などによる経済封鎖の余波を受け、道庁主導奨励で「自給のため製塩」場を作る議決をするほど物が足りなくなっていました。その当時の戦争関係標語のひとつが「欲しがりません勝つまでは」です。つまり国民はさまざまな無理負担を強いられていたのです。 この事でみえてくるのは・・・ 私個人としては、平和時の民主国家の本来の在り方が「国家が国民のために存在する」のに対して、現代国家の総力を挙げて行なう戦争時には「国家が国民へさまざま事を強いる」ことだと考えています。 実際、2022年から始まったウクライナ・ロシア戦争では、ウクライナ政府が兵隊になりえる年齢男性の出国を禁じたりしています。これだけでも充分、国家が国民に強いる好例といえるでしょう。 だから私は、石破前総理が「国が何をしてくれるかを聞くな、一人一人が国ために何ができるかを聞けとケネディが言いましたよね。それはそうだと思う」という発言をした際に眉をしかめました。本来のケネディ元大統領の言葉でさしていたのは「countory」で、意訳すれば故郷が近いでしょう。それを「国家」という意味にしてしまったら、国民が国家のために居ることになります。それは健全な民主国家の在り方だとは思いません。 日本は昭和20年(1945)に敗戦してから80年、直接的には戦争をしていません。先進諸国として私はとても素晴らしい事だと思います。それをこれからも続けていくためには、どの政権であっても、あくまでも「国民のために国家が存在する」姿勢であってほしいと思います。
by dounan-museum
| 2026-02-20 17:34
| コラムリレー
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