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知内町郷土資料館の竹田です。当館にある興味深い資料ということで紹介したいと思います。 郷土資料館には契丹文字の描かれた4枚の拓本が所蔵されています。 契丹は4~14世紀にかけて満州から中央アジアに暮らしていた民族です。10世紀初頭、中国北部に遼を建国し、その後南下して宋に侵攻しますが、1125年には北宋と手を組んだ女真族の王朝、金により滅ぼされました。 この拓本の元となる碑は遼王朝の第8代道宗皇帝(在位1055~1101年)と皇后の哀冊(墓誌)で、現在は遼寧省の博物館に収蔵されています。墓誌は通常、墓誌蓋と墓誌碑身で一組を構成し、蓋を碑身の上に重ねる仕組みになっています。墓誌蓋の上面にはに篆刻で墓誌の題が刻まれ、碑身には被葬者の事績等を記した一文が刻まれています。この哀冊は墓誌蓋上面に契丹小字の篆書と十二支の絵が刻まれ、碑身には契丹大字が刻まれています。 契丹文字は漢字から影響を受けた表意文字である契丹大字と、ウイグル文字を参考にした表音文字である契丹小字があります。ですが、契丹語がどのような言語かや、契丹人の後裔民族についてほとんど解明されておらず、多くの文字が解読されていません。 解読の手がかりともなる契丹文字の描かれた拓本は数十種類確認されていますが、小さな規模の研究機関で4種類あるのは珍しいことだそうです。それではなぜこの資料が当館にあるのでしょう。実はこれは後に知内村長ともなる永田信熊氏が、国の役人として満州に赴任していた時代に入手した物で、その親族から寄託されたのです。先に書きましたが、元となる碑は国外にあり、日本で研究するには拓本を見る必要があります。そのうち4枚、しかも皇帝と皇后セットの拓本がここにありますよ、という紹介でした。 (かと言って自分が読めたり意味がわかったりするわけではないのですが…) [画像:道宗皇帝哀冊(蓋・碑身)] #
by dounan-museum
| 2017-08-22 08:00
| コラムリレー
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2017年8月12日、函館蔦屋書店2階ステージで「道南の学芸員、とっておきの《お宝ばなし》」を開催しました。 北海道博物館協会学芸職員部会で出した『北の学芸員、とっておきの《お宝ばなし》』という本の出版記念トークイベントです。 #
by dounan-museum
| 2017-08-13 17:26
| 事務局
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市立函館博物館の奥野です。 ■ 謎の物体とその正体 その資料とは下の写真のような「物体」です。一見して???。 丸いボール状と真ん中から2つに切られた「物体」 よく見てみると・・・。骨それも魚の脊椎骨(背骨)らしきものが見えます。どうも魚の骨を集めてボール状にしたもののようです。 そこまで見たところで、ピンときました。 市立函館博物館に着任する前、2000年(平成12)~2001年(平成13)にかけて、博物館友の会の会員として博物館関係の新聞記事調査に参加しましたが、その時に次のような記事を見たのを思い出したのです。(この時の調査は「市立函館博物館新聞記事目録」としてまとめ『市立函館博物館研究紀要』第14号で紹介しています。博物館の研究紀要は、ホームページで全て見ることができます。) 少し長いのですが、1882年(明治15)7月15日付「函館新聞」から関係記事をそのまま引用します。 「鯡骨の塊 なんと、謎の物体の正体はニシンの骨の塊でした。大量の死んだニシンが波間で骨になりその骨(脊椎骨や肋骨など)が複雑にからまりあって、ボール状になり、浜に流れ着いたものということのようです。 この「鰊骨の塊」には続報があり(明治15年8月28日付「函館新聞」)、次のように掲載されています。この記事もそのまま引用します。 「鯡骨の塊 さらに江差から1個送付されてきたので、試験のために真ん中から切断して中を観察したことなどが書かれています。なお、ニオイはもうありません。 形状、個数、状態とも当時の記事に見事に一致しており、少し晴れ晴れしい気分になりました。 というのも、博物館の学芸員は、華々しい展示や講座、調査研究などを仕事をしているものだと思われがちですが、少なくとも当館ではそのようなことはなく、地味な資料整理が大きな比重を占めているからです。 ■ 資料整理の道 今回の「ニシンの骨の塊」は、履歴が分からなかったため、資料として登録せずに保管していた資料群の再整理のなかで判明したものです。 資料の写真を撮り、計測し、履歴の調査が終わりましたので、今後、データベースに必要事項を入力し、晴れて博物館資料として「登録」され、展示・調査・研究事業に供されることとなります。 今回のようなケースに加え、商品陳列所や市立函館図書館の時代、1966年(昭和41)の開館頃に大量に収集した資料群など、登録されているもの・履歴が明らかでなく登録されていないものを含めて、再整理・再調査の必要に迫られています。 資料の整理手法も日進月歩です。 日々の業務のなかで、これらの機器を駆使しながら、限られた予算・人員・機材のなかで、どのようにしたら効率的で、資料の保存によいのかを常に考えながら、時間を作っては整理にあたる、というのが日常です。 往時を物語る「もの」との出会いの前には、たゆまぬ資料整理の道が待っています。 #
by dounan-museum
| 2017-08-11 05:24
| コラムリレー
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七飯町歴史館の山田です。 ご無沙汰しておりましたが、8月よりコラムリレーを再開いたします。 今年度のテーマは、各施設などで所蔵している変わったものや興味深い資料。 もしかしたら、あまり見ることがない資料などが紹介されるかもしれません。 これから、週ごとに投稿していく予定ですので、お楽しみください。 さて、当館からは、嗜好品にかかわる資料をいくつか紹介します。 喫煙に「煙管」を使用していた時代に使われたもので、 木箱に火種を入れておく陶器製の火入れと竹製の灰落としが納められています。 灰落としには、自戒なのか洒落なのかわかりませんが、 「火ノ用心」と彫られています。 この煙草盆はシンプルなものですが、 このほかにも、津軽塗や自然木で作られるなど、 茶目っ気や、趣向を凝らしたデザインがみられたりと、 どことなく「鯔背」な趣きを感じます。 月桂樹をモチーフに背景を描いた「HAPPY」 陽光と瑞雲をテーマにデザインされた「光」 戦時中に横文字を使うことを禁止したことから名が変わった「金鵄」 改名前は、「ゴールデンバット」です。 ちょっと、かわったパッケージも。 左上「光」北洋漁業再開記念 北海道大博覧会記念(1954年) 右上「PEACE」全国交通安全運動十周年記念(1960年?) 中左「PEACE」講和記念(1951年?) 中右「PEACE」皇太子殿下御成婚記念(1959年) 左下「光」鉄道開通八十周年記念(1952年) 右下「光」放送開始三十周年記念(1955年?) このように、昔の煙草のパッケージデザインは、 銘柄や世相を想起させるものが多いように思います。 今でいう、限定品みたいなものでしょうか。 懐かしいと思う方もいらっしゃるかもしれません。 そして、最後はこの煙草 宇宙チックなパッケージデザインでありながら、爽やかな青空のような配色。 25本入りなのも驚きです。 「宙」の文字の下に「おおぞら」と書かれていますが、 当用漢字音訓表には、「宙」に「おおぞら」という読みが無いと物議をかもし、 半年後にデザインを変更し「おおぞら」という銘柄になったそうです。 現在なら、もっと受け入れられたかもしれない、ある意味、幻の煙草です。 以上、当館で所蔵している嗜好品(たばこ)に関係する資料を紹介しました。 博物館で、こんなものまで収集しているのかと思った方も多いかもしれません。 変わった資料というより、変わった観点といえるでしょう。 たばこやマッチなどは、 パッケージデザインにせよ、包装紙の質の違いにせよ、 時々の世相を反映していたり、技術の革新がみられたりします。 私は、日常品であれ嗜好品であれ、種類を「集める」ことで、 より資料的価値が見いだせるものがあると考えています。 どこに資料としての価値を見出すか。 限りある収蔵スペースに頭を悩ませながら、 過去、そして現在の人々のくらしを 後世に伝えるべく「集めること」の難しさを日々感じています。 #
by dounan-museum
| 2017-08-01 00:01
| コラムリレー
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此の度、五稜郭タワーでは、函館市中央図書館、箱館奉行所との共催により、下記のとおり、講演会「五稜郭懐旧館 館主 ・ 片上楽天の生涯」を開催します。 今でこそ、函館有数の観光地として多くの人々が訪れる五稜郭ですが、明治2年(1869)の箱館戦争終結後は、明治時代の陸軍省による管理や、冬期間の「函館氷」の採氷事業などの利用は有るものの、一般の人々が自由に立ち寄る場所ではありませんでした。 しかし、大正時代に入り、五稜郭が公園として開放されると、その観光資源としての価値に着目すると同時に、徳川幕府の終焉の地として旧幕臣たちを顕彰しようとしたのが、片上楽天です。 彼は、五稜郭公園の監守 ・ 北島勇之進らと共に、郭内に歴史展示施設「懐旧館」を開設して歴史の顕彰に努める他、郭内に埋葬された旧幕府軍戦没者の氏名を、遺骨の発掘調査により特定するなど、現在で言うところの、文化や歴史をテーマとする「人文観光」に先鞭をつけた人物と言うことができます。 彼の思いの底には、旧徳川幕府に着せられた逆賊の汚名を雪ぐという、自らも少年兵として幕末・維新の動乱に従軍した「同時代人」としての気概が満ちているようです。 本講演会では、『城下町と日本人の心性 -その表象・思想・近代化- 』(岩田書院 2014年)に於いて、片上楽天の活動と思想についての研究を発表された、札幌大学女子短期大学部 濱口裕介氏を講師にお迎えし、大正6年(1917)の「懐旧館」開設から100年目の年に際して、函館の人文観光の先駆者として、また、郷土史発掘に力を注いだ片上楽天の生涯と思いについて、改めて考えてみたいと思います。 日時 : 平成29年6月24日(土) 14:00~15:30 (開場 13:30) 会場 : 函館市中央図書館(函館市五稜郭町43蕃9号) 視聴覚ホール 講師 : 札幌大学女子短期大学部 助教 濱口裕介 氏 演題 : 『五稜郭懐旧館 館主 ・ 片上楽天の生涯 -観光振興 ・ 郷土史発掘の知られざる先駆者-』 定員 : 150名 参加料 : 無料 主催 : 五稜郭タワー㈱、函館市中央図書館指定管理者 TRC函館グループ 箱館奉行所指定管理者 名美興業㈱ 申込み : 当日、直接、会場にお越しください。尚、会場定員(150名)に達し次第、 締切致します。 お問合せ : 五稜郭タワー㈱ 講演会担当 ℡ 0138-51-4785 ※講演会終了後、かつて「懐旧館」として使用された、五稜郭内の「兵糧庫」を特別 開館します。講演とともに、片上楽天の思いを、現場で追体験してみてください。 #
by dounan-museum
| 2017-06-13 11:13
| 五稜郭タワー
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